前日まで、天気予報はずっと曇りか雨でした。期待できない空模様のまま向かった、2026年8月29日~30日開催の蓼科・女神湖「妖精祭」。
この旅の一番の収穫は、「何もしないことが薬になる」という感覚を、体ごとあらためて実感できたことでした。
8月29日、移動日。車窓を眺めるだけの時間
前夜祭を兼ねた移動日は、午前中から大変な雨でした。
電車やバスに揺られながら、車窓に流れる山々や緑と空をただ眺めて、何も考えずにボーっとする時間を過ごしました。こんな時間は、日常の中ではめったに取れません。でも、これは現代に生きる人間にとって本当に必要な時間なんだと思います。

白樺湖のあたりでバスを乗り換えたとき、ちょうど暴風雨でした。。
普段なら絶対に家から出ない天気ですが、今回はあえてその雨を体感してみようと。しかし、山の天気は変わりやすいもので、しばらくするとパーッと雨が上がり、あの瞬間の空気感と空の具合が、体を内側から癒してくれるような感覚がありました。
前夜祭の会場は屋外で、夜になると雨も冷え込みも増したので、無理をせず宿でゆっくり食事をとることに。
この「無理をしない」という選択自体も、今回の旅で大事にしていたことのひとつです。おかげで、宿での時間もまたとても良い体験になりました。


写真は今回2泊でお世話になった、「ブルーベルコテージ」さん。こちらはレストランに宿泊しているのか・・という位、お食事が美味しいです。
8月30日、妖精祭当日。何もしなくていい一日
少し補足しておくと、女神湖の「妖精祭」には実はいくつかの歴史があります。
2010年ごろ、妖精研究で知られる英文学者・井村君江さんの協力のもと、地域おこしの一環として「女神湖妖精祭」が始まりましたが、その後会場は東京・上野公園に移り、今は休止しているようです。
現在、毎年8月末ごろに女神湖のそば(蓼科荘隣接の野外音楽堂)で開催されているのは、西洋占星術の先生であるマドモアゼル愛先生が主催される「蓼科妖精祭」です。星と森合唱団の演奏や妖精茶会、マルシェなどが行われ、入場無料・雨天決行で開かれています。来年以降お出かけを考えている方は、最新の開催情報をマドモアゼル愛先生の公式サイトなどで確認してみてください。
当日は開始の時間から会場へ足を運び、「妖精さんをこの場に呼ぶ」ところから見学しました。だんだんと天気が回復していく様子は、正直なところ奇跡のようでしたねぇ。。


舞台では歌や踊りが繰り広げられ、少しずつマルシェも並び始めます。無添加のお菓子や美味しそうな食べ物、占いの出店などもゆっくり覗いてみました。
会場全体の空気は、「ああ、妖精が来て楽しんでくれているな」と思えるような、穏やかで、キラキラしていて、澄んだものでした。少しパラパラと雨が降ってきても、周りの方が「妖精さんがそうしたいと言っているので、これでいいよね」と笑っていたのが印象的でした。
その日の過ごし方は、終始「何もしなくていい」という感覚だけ。
お腹が空いたら食べる。歩きたくなったら女神湖の周りを散策する。疲れたら木陰で休む。それだけです。
散策していると、野外講堂から流れる音楽が心地よく耳に届き、鳥の声や木々の音、小川のせせらぎのようなものまで聞こえてきて、本当に気持ちのいい贅沢な時間を過ごすことができました。


蓼科高原は標高が高く、涼しいけれど日差しが強いと聞いていましたが、まさに!曇っていても、夏の終わりでも油断できないですね。日焼け止め必須。
女神湖周辺を散策する中で、こんな素敵なカフェにふらっと入りひと休憩したり。窓の外の木々が絵のようですよね。


あらためて実感した「何もしないこと」が薬になるということ
これは以前から漠然と感じていたこと。。
普段の生活は、「何かをしなければ」という”考えた行動”の連続。
疲れたと思ったら、休むつもりでスマホを開き、SNSを眺めているうちに、気づけば時間だけが溶けている。——それは、本当の意味での休息ではないんですよね。
今回はできるだけ携帯電話に触らない、あえてデジタルデトックスを意識して過ごしました。
そうして改めて感じたのが、”何もしないことが”薬になる、ということです。長年「効かせる」「治す」ということに向き合ってきたからこそ、余計にそう感じたのかもしれません。
CHIKA目や耳、肌で自然を感じる——つまり五感を使うことが、気力や、人間としてのシンプルな生きる力を思い出させてくれるように思います。
自分もそうですが昨今旅行に行くことが減りました。
しかし、非日常というのは色々な意味で必要なのだと感じます。特に、自然の中に足を運ぶこと。遠くなくてもいいので、近所でどこか落ち着ける場所があればそこでボーっとするのもいいと思いますね。
蓼科を離れて
帰り際は、今回のお祭り、場所、色々な人や事に対して「ありがとうね」という気持ちが自然と湧いてきました。
今回はあえて公共交通機関を使って行き来したので、移動の時間はかかりましたが、その分、電車やバスに揺られている時間そのものが「徐々に日常から離れる、そして日常に戻っていく」ための助走になってくれました。この感覚もまた、とてもよいものです。
「何かを成し遂げなければ!!」を少し脇に置いて、ただそこにいる時間を過ごしてみる。
それだけで、案外わたしたちは元気を取り戻せるのかもしれません。もし気になった方は、次の休みに少しだけ、自然の中で”あえて何もしない時間”を取り入れてみてください。
妖精祭をきっかけに色々と考えることがありました。と、同時に心豊かになる時間を過ごすことが出来て本当に良かった。
ちなみに今回、公共交通機関での移動ルートは試しにAIに時刻表を作ってもらいました。やはり「作業」を行ってもらうと今までかけていた時間がウソのように短縮されます。公共交通機関(特に地方のバスなど)を使って上手くルートを組む作業は通常は結構時間がかかることだと思いますが、思いのほか便利でした。ここはAIの有用な使いかたとして、少しだけお伝えしておきます。詳細はまた別記事にしてみようかと。







