最近は、体調のことも、お薬のことも、AIに気軽に聞ける時代になりましたね。
私自身、調べものや文章の整理にはよく使っていて、本当に便利だなと思っています。
でも、薬剤師としては――薬やサプリ、体のことをAIに聞いて、その答えを「そのまま実行する」のは、まだ気をつけてほしい、というのが今の私の考えです。
理由はシンプルで、AIはもっともらしく、しかも自信たっぷりに間違えることがあるから。しかもその間違いは、専門知識がない方ほど気づけません。今日は、私が実際に体験したことと、海外で起きてしまった事故を通して、その「怖さ」を具体的にお話しします。
AIの健康相談はまだ「参考」まで。実行の前に、人を一度通して
AIは、情報を集めたり整理したりするには便利です。でも、「飲む・やめる・買う・食べる」を決める前には、薬剤師や医師に一度だけ通してほしい。
たったこれだけで、防げることがあります。AIを使うな、という話ではありません。使い方の”最後の一歩”だけ、人の目を挟んでほしい、というお願いです。
なぜそこまで言うのか。まずは私自身の体験談から。
私が体験した話――AIが「下痢止め」を貧血の薬と言っていた
以前、貧血のお薬についてAIがどんな回答を返してくるか試していました。
AIはいろいろなお薬をていねいに説明してくれたのですが、その中で「フェロベリン」というお薬について、「これも貧血に良いですよ」という回答が返ってきました。
……ここで、薬剤師の私は「ん?」となりました。
フェロベリンは、貧血の薬ではなく、下痢止めです。まったく別のお薬。これはかなり大きな間違いです。
そこで「それは違いますよ」と指摘したところ、AIはこう釈明してきました。
「”フェロ”という接頭辞は、鉄剤に多く使われる接頭辞だから間違えました」
「薬の名前は、カタカナで似たようなものが多いので……」
CHIKAなるほど、と思うと同時に、ぞっとしました。
もし一般の方が同じ相談をしていたら、「AIが貧血に良いって言ってたし」と、そのまま信じてしまったかもしれません。間違った知識を、正しいものとして受け取ってしまう。これが一番怖いところだと思います。
もう少し踏み込んでお話しすると、フェロベリンそのものは医師の処方箋がないと手に入らない医療用医薬品です。ですから、この記事を読んで「フェロベリンを買ってみよう」とする方は、まずいらっしゃらないと思います。
ただ、ちょっと怖いのはここからで、似たような成分を含む市販薬(OTC)は、実は薬局やドラッグストアで普通に買えてしまうんです。
たとえば「ビオフェルミン下痢止め」や「マイベリンU」といった第2類医薬品には、フェロベリンと同じ系統の成分――タンニン酸ベルベリンやゲンノショウコエキス――が含まれています。
つまり、もし今回のようにAIが「貧血に良い」と間違った情報を伝えてしまったら、それを信じた方が「フェロベリンに近い成分の市販薬」を、貧血対策のつもりで買ってしまう……ということが、現実に起こり得るわけです。もちろん、これらは下痢止めですから、貧血には何の役にも立ちません。
間違った情報が、実際に手に取れるものと結びついてしまう。これが、AIの言い間違いを「ただの言葉のミス」で済ませられない理由です。
海外では、AIに勧められた物質で中毒に――臭化ナトリウムの事故
「ちょっとした言い間違いくらい、いいじゃない」と思われるかもしれません。でも、それが命に関わる事故になった実例が、海外で報告されています。
アメリカで報告された、ある60代男性のケース。
その方は高血圧であり、「塩分は体に良くない」と考え、食事から塩化ナトリウム(食塩)を減らそうとしました。そこから一歩進んで、「塩化物そのものを除くにはどうすればいいか」をAIに相談。返ってきた答えをもとに、塩の代わりに「臭化ナトリウム」という物質をネットで手に入れ、約3か月間、食事に使い続けたそうです。
臭化ナトリウムは、「ナトリウム」と書いてはあるものの、料理に使うものではありません。試薬や工業用途などで扱われる化学物質で、人が食べるものではないのです。
その結果、男性には強い被害妄想(「隣人に毒を盛られている」など)や幻覚が現れ、救急搬送。検査では、血液中の臭化物濃度が1700mg/Lにまで達していました。健康な人の基準値が0.9〜7.3mg/Lですから、基準の200倍以上です。この数値からも、3か月かけてじわじわ体に蓄積していった様子がうかがえます。
診断は臭素中毒(ブロミズム)。点滴による水分・電解質の管理などの治療を受け、入院から約3週間で被害妄想や幻覚は消失、退院から2週間後も安定していたと報告されています。この症例は、2025年に医学の学術誌『Annals of Internal Medicine: Clinical Cases』にも掲載されました。
ちなみに日本でも、臭化ナトリウムは「毒物及び劇物取締法」の対象にはなっておらず、法律上まったく手に入らない物質というわけではありません。
ただ実際には、試薬として扱っている会社の多くが法人・研究機関向けに限定していて、個人が思い立ってすぐ買えるようなものではないのが実情です。
とはいえ、「買いにくいから安心」という話ではありません。そもそも、これは食べるものではない――そこが本質です。



この事故の本質は、とても大切なことを教えてくれます。
「化学的に置き換えられる」ことと、「人が口にしていい」ことは、まったくの別物だということ。塩化物を臭化物に置き換える、という話は化学の世界にはあります。でも、それは「食べていい」という意味では、まったくありません。AIは、その相談が”化学の話”なのか”食事の話”なのかを取り違えたまま、答えを返してしまった――そう考えられています。
ここで出した例は、少し前のAIモデルのものなので、現在は解消されている可能性もありますが、まだまだ安心はできません。
実は、似たようなことは他にも起きています
2025年、アメリカでは19歳の学生が、飲酒に加えて「クラトム」というハーブ系のサプリメントと、抗不安薬の「Xanax(ザナックス)」を併用し、亡くなるという事故がありました。ご遺族の訴えによると、その日、彼は気分の悪さをAIに相談したところ、AIは「リスクはある」と前置きしながらも、具体的な服用量まで提案していたとされています。
最終的に、彼はこの3つの物質の併用による急性の作用で亡くなりました。ご遺族は「AIが、免許のないまま医療行為のようなことをしていた」として提訴しています(2026年5月提訴。あくまで訴状に書かれた主張であり、裁判はまだ続いています)。
臭化ナトリウムの件と、根っこはまったく同じです。「その組み合わせについて、AIが”それらしく”答えられる」ことと、「その答えが安全である」ことは、まったくの別物なんです。
実際、AIと健康相談をめぐるこうした出来事は、これだけではありません。
診断のヒントとしてAIを頼ったことで、かえって受診が遅れてしまった例。心のケアの場面で、AIが不安や思い込みを後押ししてしまった例。海外では、こうした報告が他にも増えてきています。共通しているのは、「便利だからこそ、実行に移す前にもう一度、人を通す」――その一手間の大切さです。
なぜAIは、自信たっぷりに間違えるのか
ここまでの2つの話には、共通する原因があります。
ひとつは、よく「ハルシネーション」と呼ばれるもの。AIは、はっきり知らないことでも、”それらしい言葉”で答えを埋めてしまうことがあります。空欄のまま「わかりません」と止まらず、もっともらしい文章を作ってしまう。フェロベリンの件は、まさにこれでした。
もうひとつは、文脈(そのときの状況)の取り違え。同じ「塩化物と臭化物」という言葉でも、化学の実験の話なのか、料理の話なのか、医療相談なのかで、意味はまるで変わります。人間の専門家なら「え、それ食べる気ですか?」と必ず確認するところを、AIはすっと通してしまうことがあるのです。
そして厄介なのが、AIの答えはとても自信ありげで、文章がきれいなこと。だから、正しいものに見えてしまう。断定的で読みやすい答えほど、疑う気持ちがゆるみます。ここに、静かな落とし穴があります。
それでもAIを使うなら――薬剤師からの小さなお願い
AIを健康の話に使うこと自体を、私は否定しません。上手に使えば、とても心強い相棒になります。
そのうえで、特に次のような”実行に直結する質問”の答えは、必ず薬剤師や医師に確認してから動いてほしいんです。
- 「〇〇の代わりに、何を摂ればいい?」
- 「この薬と、このサプリ(や食べ物)、一緒にとって大丈夫?」
- 「この薬、もうやめても大丈夫?」
これらは、答えを間違えると体に直接ダメージがいくタイプの質問です。飲み合わせも、薬をやめるタイミングも、本当は一人ひとり事情が違います。とくに、持病がある方・治療中の方・妊娠中の方、そして「高齢のご家族のお薬」は、AIの答えで勝手に変えないでほしい…と切に思います。
そして何より――体に強い異変や、いつもと違う症状があるときは、AIに相談するより先に、受診を。ここだけは、譲れないラインです。
まとめ
AIは、暮らしを助けてくれる便利な道具です。私もこれからも使っていきます(^^)/
ただ、体とお薬のことだけは、AIの答えを”そのまま実行”する前に、人を一度通す。薬剤師でも、専門知識がなければ見抜けない間違いが、平気な顔で混ざってくる世界です。だからこそ、最後のひと手間を、どうか惜しまないでください。
心地よく、そして安全に、自分の人生を生きていくために。その”最後の一歩”を、私たちのような専門家に手伝わせてくださいね。










