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20代でリウマチになった私が、薬をやめるまでにやってきたこと

リウマチを克服した薬剤師の実話

こんにちは、薬剤師のCHIKAです。

「薬を飲み続けるしかない」「一生付き合っていくしかない」——そう言われて、それでも諦めたくないと思っている方に向けて、この記事を書きました。

私は20代のころ、慢性関節リウマチを発症しました。寝たきりになり、何種類もの薬を試し、長い時間をかけて、最終的に薬なしで過ごせるようになりました。

その間に試し、学び、今も続けていること——一人の薬剤師の実体験として、正直にお伝えします。

目次

突然、体が動かなくなった日のこと

薬科大学を卒業した私は、薬剤師免許を持ちながら、まずコンピューター関係の会社に就職しました。コンピューターの仕事がとにかく好きだったのです。

平日はその会社でフルタイムで働き、「せっかく免許持ってるんだから手伝って」と知り合いに頼まれた週末は、会社には内緒で(笑)薬局でアルバイト。実質、休みはほとんどない生活でした。

ちょうどWindows 95が登場して、コンピューターが世の中に本格的に広がりはじめた時代。資料作りで徹夜することもざらでした。

でも、不思議なことに当時はそれが苦ではなかったのです。やりたいことをやりたいようにやっていたので、疲れもストレスも感じていませんでした。毎日が本当に充実していました。

そしてある朝のこと。起き上がろうとしたとき、体にピリピリとした感覚が走りました。

痛み…?しびれ…?なに、これ?

とりあえず時間をかけて起き上がり、その日は会社へ行きました。しかしその日を境に、体はみるみる動かなくなっていきました。関節も筋肉も痛い。寝ていても痛い。会社でデスクワークをこなした後に立ち上がろうとすると、体が固まって、むくんで、全く立てないのです。

「ちょっとちょっと、CHIKAさん!おばあさんみたいだよ!!!」

同僚にそう言われたことを、今でも鮮明に覚えています。

ひとまず病院へ行きました。しかし医師に言われたのは「疲れだと思うから、少し休んだ方がいい」という一言。

——あ、そうか。私、疲れていたのか。

そこで初めて自覚したくらいです。変ですよね(笑)。でも、楽しくて好きなことをずっとやっていると、ドーパミンが出っ放しだったんでしょうか。本当に、自分ではストレスも疲れも感じていなかったのです。

「体が痛い」と言えば痛み止めが出るくらいで、それ以上の対処はありませんでした。

自分なりに「リウマチかも」と思い、リウマチ科も標榜する整形外科に通院も始めました。ところが血液検査の結果は「リウマチとは言い切れない」。抗リウマチ薬は処方してもらえず、ロルカムという短時間だけ効く痛み止めのみ。

そうこうしているうちに、右の中指が変形し始めました。

「これは何かがおかしい——」

もう一度自分で調べ直し、当時しっかりと膠原病・リウマチを診ていた東京女子医大に駆け込みました。そこでようやく「慢性関節リウマチ」という診断が出たのです。

「これはちょっと珍しいタイプだから、一般の病院だとわかりづらかったかもしれない」

医師にそう言われました。

診断が出れば使える薬が変わる。とにかく24時間、体中が痛くてどうしようもない状態でしたから、この痛みから解放されるならなんでもいい——そう思っていました。

ところが、薬がなかなか効かなかったのです。

当時の標準的な治療が、私にはあまり効果がありませんでした。体のだるさと痛みは数年にわたって続き、会社も辞め、ずっと寝たきりの生活になっていきました。

そんな日々の中で、ずっと考えていたことがありました。

体がだるいのは、体の中でずっと炎症が起き続けているから。関節も筋肉も痛い。だから食事もしたくないし、動くこともできない。動かなければ、筋肉はどんどん衰えていく。

できることといえば、とりあえず痛み止めを飲むことだけ。でもその痛み止めが、また胃を荒らす。胃が荒れれば、さらに食欲がなくなる。

筋肉は、衰えるのはあっという間なのに、取り戻すには長い時間がかかります。それを文字通り、身をもって実感しました。筋肉の材料となるタンパク質をしっかり摂ることがいかに大切か、動けなくなって初めてわかりました。

悪循環すぎて、このままじゃ本当にまずいと思いました。

自分が抜けても仕事は誰かが引き継ぎ、会社は何事もなかったように続いていく。全てがどうでもよくなりました。

「今まで、一体なんだったんだろう?」

そんな気持ちを抱えながら、ベッドの中で過ごす日々が続きました。

「このだるさと痛みをなんとかしたい」——頭ではわかっていても、調べる気力さえ出ない。そんな状態が続いていたころ、ドクターから提案がありました。

「新しく注射の薬が出たから、試してみないか」

レミケードという点滴でした。

いろいろと説明を受けましたが、その場ではどうしても即決できませんでした。レミケードは、体の炎症を引き起こす物質「TNF-α(ティーエヌエフ・アルファ)」の働きを強力に抑える「生物学的製剤」という分類で、遺伝子組み換えの薬です。しかも、ネズミの抗体をもとに作られている。

「アレルギーが出るかもしれない」とドクターに言われ、ますます悩みました。

当時は2週間に1度のペースで点滴しなければならず、しかも薬剤費が1回8万円ほど。高額すぎて、それも躊躇した理由のひとつでした。

それでも、決断しました。点滴を受けよう、と。

しかし——やっぱりアレルギー反応が出てしまい、散々な目に遭って1回で中止に。その後も数種類を試しましたが、全部アレルギー反応が出ました。自分に合う薬「アクテムラ」にたどり着くまでに、また時間がかかりました。

でも、このアクテムラのおかげで、私は本当に痛みから解放されたのです。

また思いました。「今まで、一体なんだったんだろう?」

あれだけ痛くて辛かった日々が、本当にウソのように消えていきました。

ちゃんと歩ける。 ちゃんと食べられる。 ちゃんと寝られる。

この当たり前のことが、どんなに嬉しかったことでしょう。

「症状を抑えているだけ」という違和感

しばらくはアクテムラの点滴を続けながら、普通の生活を取り戻していきました。

でも、ある時ふと気づいたのです。

「根本的に、治ってないじゃん」

薬を使えば痛みは消える。でも、それは「症状を抑えている」だけ。生物学的製剤は免疫の働きを強力に抑えることで炎症を止める薬です。つまり、ずっと免疫が落ちた状態で生き続けなければならない。

実際、点滴を受けている間は医師からこう言われ続けていました。

「風邪には絶対注意して」

免疫が落ちているから、健康な人なら何でもない小さなことが、本当に万病の元になるのです。

当時のリウマチは「一生治らない、薬は一生使い続けなければいけない、そのうち関節という関節が変形していく」という病気とされていました。薬剤師として薬の知識はある。でも、そうじゃない、と思いました。

人間は一人として全く同じではない。なのに、全員に同じ治療をする。どんな病気でも、奇跡的に回復している人がいる。よくよく調べてみると、リウマチも完治している人がいたのです。

「自分も治るはず」

そう思えた瞬間から、私の行動が変わりました。

「体のサビ」という概念との出会い

色々なことを試し、色々なところへ行きました。食事、生活習慣、東洋医学、鍼灸、整体、周波数治療、リーディング等々——。

そのなかで出会った考え方のひとつが、「酸化ストレス」というものでした。

酸化ストレスとは?

簡単に言うと、体が”サビる”ことです。

鉄が空気に触れてサビるように、私たちの体も日々の生活の中で酸化していきます。その原因となるのが「活性酸素」と呼ばれるものです。

活性酸素は、呼吸や代謝の過程で自然に発生します。少量であれば細菌やウイルスを撃退する免疫の働きもしてくれますが、睡眠不足・過労・ストレス・不規則な食事などが重なると過剰に増えすぎてしまいます。

そして過剰な活性酸素は、体の細胞を傷つけ、慢性的な炎症を引き起こします。

リウマチも、疲れやすさも、肌のくすみも、朝のだるさも——これらの多くに、この「酸化」が深く関わっていることがわかってきています。

薬剤師として患者さんを見てきた経験からも、「なんとなく不調が続く人」には、この酸化ストレスが蓄積しているケースがとても多いと感じています。

私自身が酸化を強く意識するようになったのは、ある治療家の女性に言われた一言がきっかけでした。

「筋肉がビーフジャーキーみたいになっている」

押されると、ものすごく痛かったのです。柔軟性のない、固まりきった筋肉。酸化して硬くなってしまっているイメージがぴったりでした。こういう状態は神経にも影響して、痛みを感じやすくさせてしまうのだろうな、と思いました。

そのとき同時に気づいたのが、「これはどんなにマッサージをしてもらっても意味がない」ということです。外から揉みほぐすだけでは根本は変わらない。体を動かして、血液を全身にめぐらせて、自分で自分を治していくしかない——。この気づきが、運動習慣を続けるひとつの大きな理由にもなっています。

自分をよく知るということ

色々な場所で学びながら、もうひとつ、とても大切なことに気づきました。

それは——自分のことを、自分がいちばんわかっていなかったということです。

振り返ってみると、私は好きなことに没頭するあまり、体が発していたサインをずっと無視していました。疲れていても「楽しいから大丈夫」、眠らなくても「やりたいことがあるから」。体の声よりも、自分の熱量を優先し続けていたのです。

リウマチになって初めて、体は正直だったんだと気づきました。

それからは「体の声を聞く」ことを意識的に学ぶようになりました。

  • 自分はどういうときに無理をしやすいのか
  • どんな状況でストレスを感じているのか(気づかなくても)
  • 自分の行動にはどんな傾向があるのか

こういったことを、様々な場所で学び、自分自身を観察するようにしました。

「自分は何者なのか」「自分はどう動く人間なのか」を知ること。

これは、どんな健康法や薬よりも先に必要なことだと、今では思っています。どんなに良い習慣も、自分の傾向を知らないまま始めると、またいつか同じところに戻ってしまうからです。

「なんとなく不調」を感じている方の中にも、もしかしたら私と似たように、自分では気づかないうちに体に無理をさせ続けている方がいるかもしれません。

まず、自分の体の声に少し耳を傾けてみること。それが、すべての出発点だと思っています。

ちなみに西洋占星術や算命学、四柱推命や九星気学などは、こういった「自分を知る」という部分で大いに役立つと思っています。

そして、自分を知る中でもうひとつ大切にしていることがあります。それは——「こだわらない」ことです。

私が目指していたのは「治ること」であって、「何がどう良かったのか」は二の次でした。

「薬は絶対に嫌だ」「この素材しか自分には合わない」——そういったこだわりや固執が、実は体に余計な緊張やストレスを与えて、病気の素やきっかけを作ってしまうのではないか、と今では考えています。柔軟でいること、いい意味で手放せること。それも、体と心を整えるうえで、とても大切な要素のひとつなのではないでしょうか。

私が今も続けていること

長い時間をかけて様々なことを試してきた中で、今の私が毎日意識していることを紹介します。習慣というより「やっていること、心がけていること」というニュアンスで読んでいただけると嬉しいです。

① 食べ物や飲み物を選ぶ

「自分の体は、食べたものと飲んだものでできている」——病気を経て、これを頭ではなく体で実感するようになりました。

何を口に入れるかは、毎日積み重なって体をつくっていく。だからこそ、酸化ストレスを意識し始めてからは、「何を飲むか・何を食べるか」をとても大切にするようになりました。

とはいえ、「○○は絶対食べない!」と極端に決めてしまうと、それ自体がストレスになります。なので、私はあくまでゆる〜く意識するスタンスです。

実は幼少期から長年水泳をしていた私、レッスン後にビッグマックを3個ペロリと食べていた過去があります(笑)。今は自分からマクドナルドに入ることはなくなりましたし、無性に食べたいとも思わなくなりました。体が変わると、自然と欲しいものも変わっていくんですよね。

……ただ、もともとは好きなので、タガが外れたらまたしこたま食べてしまいそうで、そこだけは少し自分を信用していません(笑)。

飲みものについても、同じように自然と変わっていきました。以前は何気なく飲んでいた清涼飲料水が、いつの間にか飲みたいと思わなくなったのです。体が「いらない」と言っているような感覚、とでも言いましょうか。

そして飲みものをより意識するようになった中で、私が最終的にたどり着いたのが、還元くん」という低電位水素茶生成ボトルです。

CHIKA

ひとつ、正直にお伝えしておきたいことがあります。

私が還元くんと出会ったのは、リウマチの薬をやめることができて、「これからもしっかり体を保っていこう」と思ってさらに勉強を進めていたときのことです。なので、私の闘病の道のりの中では、還元くんやメビウスウォーターは「出会いの遅かった存在」でもあります。

本当に、もっと早く出会いたかった——これは心からそう思っています。

還元くんの「体の酸化を還元する」という考え方も、メビウスウォーターの「水そのものの質を整える」という考え方も、理論的には闘病中にこそ取り入れたかったものです。

CHIKA

あの長い痛みの日々の中で出会っていたら、もしかしたらもっと早く、もっとラクに回復できていたかもしれない——そう思うと、少し悔しい気持ちさえあります。

特に還元くんは、割れない限り半永久的に使い続けられるものです。当時の私のように高額な医療費を払い続けていた身からすると、「あのころの自分にこそ教えてあげたかった」と、つくづく思うのです。

それでも皆さんにご紹介しているのは、「予防」という観点から、本当に必要だと思っているから。体を守り続けるための日常習慣として、今も欠かさず続けています。

還元くんは、いつものお茶に含まれるポリフェノールやカテキンの力を使って、自然に水素を引き出すボトルです。電気も電極も使わず、日本の土で焼き上げた特殊セラミックだけで”還元力のあるお茶”をつくれることが、私が気に入っている理由のひとつです。

「酸化」の反対は「還元」。

体のサビを気にするようになってから、この「還元力」という考え方がとても腑に落ちました。

還元くんの開発者がよくおっしゃる言葉があります。

「本物はいたってシンプル」

難しいことをしなくても、いつものお茶を入れて置いておくだけ。とにかく何でも続けやすいことが、一番の健康習慣だと今は思っています。

また、飲む「水」という観点から取り入れているのが「メビウスウォーター」です。水そのものの質と活性を整えるという考え方で、水素茶とあわせて日常の飲みもの習慣に取り入れています。

② 腸を整える

リウマチで食欲がなかったあのころ、腸はボロボロだったと思います。痛み止めで胃を荒らし、食べられず、栄養も届かない。腸を整えることが全身にいかに影響するか、身をもって知りました。

今も意識しているのは、まずよく噛んで食べること。シンプルですが、胃腸への負担が全然違います。

また、「腸漏れ(リーキーガット)」という考え方を学んでから、腸に対する見方が変わりました。腸の粘膜に隙間ができて、本来は通過しないはずの余分なものが血液中に入り込んでしまうという考え方です。リウマチの根本的な原因はいまだ完全には解明されていませんが、ウイルス感染との関連を示す研究もあり、「腸から何かが入り込んでいるのではないか」と考えるようになりました。

食べすぎも腸には大きな負担です。「腹八分目」はやはり理にかなっていると思います。腸と体全体の関係についてはこちらの記事(腸・脳・皮膚相関の話)で詳しく書いていますので、ぜひ合わせてご覧ください。

③ 体を冷やさない

「冷えは万病の元」——これは本当にそうだと思っています。

私が特に意識しているのは、筋肉を落とさないことです。筋肉は体の熱を生み出す源。運動習慣と食事(タンパク質)で筋肉を維持することが、冷えを防ぐ根本だと考えています。あのころ寝たきりで筋肉がみるみる落ちていったとき、体がどんどん冷えていったことを今でも覚えています。

CHIKA

女性は特に、30才を超えると毎年1%の割合で筋肉の量が落ちていくといいます。
何もしなければこのペースで筋肉が落ち、更に50才前後で閉経を迎えたときはガタンとダメージが来ます。

もうひとつ、湯船に毎日浸かることは絶対に欠かしません。血流がよくなり、体の芯から温まる。それだけでなく、一日の疲れをほぐすリラックスタイムにもなっています。シャワーだけで済ませてしまう方も多いと思いますが、湯船は本当におすすめです。

体温管理についてはこちらの記事(低体温がダメな理由と体温を上げる方法)で詳しく書いています。

④ 動く習慣をつくる

運動は、絶対に必要だと思っています。ハードにやる必要はありません。でも、体を動かして血流をよくすることや筋力の維持、柔軟性の維持は、体にとってもメンタルにとっても、本当に大切なことです。

私が毎朝やっているのは、YouTubeでラジオ体操を流しながら一緒に体操すること。それだけです。たったそれだけなのですが、やった日とやらない日では、1日のスタートがまるで違います。「今日も動けた」というちょっとした感覚が、気持ちのいいスイッチになっているのかもしれません。

⑤ 毎日を、気分よく過ごす

体と精神は、両輪です。どちらかが崩れても、うまく進めません。精神がいくら前向きでも体がついてきてくれなければだめだし、逆もまたしかり。

だから「毎日を気分よく過ごすこと」も、私にとっては立派な健康習慣です。

そのためにまず必要なのは、自分にとって何が一番気分よく過ごせるのかを知ること。どんな時間が自分には必要なのか、自己分析は欠かせません。

私自身は、瞑想をしたり、チューナー(音叉)を使って自分を整える時間を持つようにしています。うまく言葉にはできないのですが、「自分に戻る」感覚があって、それが一日の土台になっています。

シンプルな答えが、一番深かった

リウマチの闘病を経て、私が最終的にたどり着いた答えは、とてもシンプルなものでした。

「無理なく、自分らしく生きる」

薬を否定したいわけではありません。必要なときに薬の力を借りることは大切なことです。

ただ、私にはずっと目標がありました。「いつか薬をやめること」です。

ドクターと相談しながら、少しずつ薬の量を調整していきました。でも、薬を減らすと痛みが出る。また薬で楽になる。その繰り返しでした。

「薬を続けていたほうが、どんなに楽だろう」と何度思ったことでしょう。

それでもやめたかった理由は、ただひとつ。せっかくの自分の体が、可哀想だと思ったから。

その間もずっと続けていたのが、食べものや飲みものへの意識、そして痛みのない日には無理のない範囲で体を動かすこと。派手なことは何もしていません。でも、やめませんでした。

本当に長い時間をかけて、痛みはあっても我慢できるくらいの状態になっていきました。

そしてある朝——。

「無理なく、自分らしく生きる」ということが、本当に腑に落ちた翌朝のことです。体の痛みが、嘘のように消えていました。

体と精神は両輪です。食べもの・飲みもの・体温・運動・気持ち——どれかひとつだけでは足りなくて、それぞれが少しずつ整っていくことで、体の底力が育まれていくのだと思っています。

同じ病気で苦しんでおられる方に、この記事が改善へのひとつのきっかけになれば嬉しいです。小さなことを少しづつ変えていくことが、大きなゴールになるはずです。

最後に

こうして闘病時代から現在を振り返ってみると、本当に多くの方に色々なことを教えていただいたのだと改めて感じます。自分は他者とのかかわりの中にある——そのことを、深く深く思います。そして、動いた先に「より良い日々」は必ず待っていると、今は心からそう思えます。

だから、リウマチになったことは、決して無駄ではなかった!

「薬を勧めない薬剤師」として皆さんに色々とお伝えしていますが、それはあくまでもひとつのヒントでしかありません。一人ひとりの体は違うのだから。

自分の経験が、読んでくださった方の何かひとつのヒントになれたなら、それ以上に嬉しいことはありません。

リウマチを克服した薬剤師の実話

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この記事を書いた人

CHIKAのアバター CHIKA 薬剤師

薬剤師CHIKA

2025年まで、現場の薬剤師として勤務。薬剤師歴はトータル25年以上。
日々の患者さんとの対話を通して、「薬に頼りすぎない健康」の大切さを実感しています。

このサイト「薬剤師CHIKAの部屋」では、食事・生活習慣・自然な健康法などについて、薬剤師の視点からわかりやすく解説しています。

また、「ようこそ還元くんの世界へ。」という情報発信ブログと
CHIKACHAN HOUSEというショップも運営しています。

20代で慢性関節リウマチを発症しましたが、さまざまな試行錯誤を経て克服しました。

その経験もふまえ、「体を整える」という視点から健康や暮らしに役立つ情報を発信しています。

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